こんばんわ

バレンタインデーですね。
チョコレート会社の陰謀により美味しいチョコを食べられています。
陰謀に感謝せねばなりませぬ。

あおはなぜかイングレスの伊藤園コラボキャンペーンプレゼントを一発で当ててます。
天からのあおへのプレゼントでしょうか。

本日は幼少より慕っている方に久々に会うことができました。

その方に小学生のころ、何か誓ったおぼえがあるのですが、何を誓ったかはっきり覚えていませんでした。

数年前にお会いした時、それを聞いたら「私は覚えてるけど、それはあなたが思い出してね」と言われていまして。

親に聞いても「そんなことあったとは覚えてるけど、なにを言っていたかは覚えていないなー」ってことで、何だったかなーとすごくもやもやしていたのですが、つい最近、もしかしてあれなのかな、と思うようになりまして。

本日、少しですがお話する機会がありましたので、「子供のころ、あなたは私に『あなたは障害があるけど、だからこそできることはたくさんある』とおっしゃいましたね。それで、私は『わかりました自分だからできることをがんばります』と誓ったのだと思います」とお伝えしました。

その方は「そうです、よく覚えていましたね。あなたが本を出したのも知っていますよ」とおっしゃられました。

20年ぶりの答え合わせができたことと、私が本を書いたことをお忙しい御方がご存知のこと、大変嬉しく感じました。

また、言葉ではないのですが、その目は「まだまだこれから」と伝えてくださったように感じました。

私は障害者として苦しい時を何度も経験してきました。そのたび、何度も死にたいと思いました。

でも、そのたび「障害を持つのは苦しい、でも、障害があるからこそできることがある」という確信じみたものに支えられ、家族や周囲に大迷惑をかけながらもなんとか生き続けて来られたと思います。

本を出せたことも「障害があるからこそできることがある」という執念じみたものぎあったからこそ出ないかなという気もします。

ただ、なぜ強固にそこまで「障害があるからこそできることがある」と思い込めるかわかんなかったのですが、本を書いたりいろいろ活動していく中でいろいろ思い返して行く中で、「あ、そういうことだっんだ」とその方のお言葉に気づいたわけです。

なんつーか、20年前の一言が今の自分を構築した一つになってることは「言葉の重み」というか「凄み」というか、そういうものを深く噛みしめる次第であります。

このブログのタイトルを「世界は言葉でできている」ってつけたのは「世界は言葉でしか表現できない」って意味が強いのですが、私自身が持っている「言葉によって作られた強い思い」の現れかもしれないですね。

しかし、御方からの言葉で救われた私は。
同じ「言葉」をもってこの世界にあふれる苦しみ悲しみを少しでも癒やしていきたい。

言葉はナイフにも薬にもなる。

だから、少しでも思慮深くなり、言葉をくすりとして使える機会を増やしていきたい。

それが御方への恩返しです。

そんな、「人生の意味」を深く考え直したバレンタインデーでした。

最後に、御方の言葉を送ります。

「人生には、『こうなったからこうなってしまった人生』『こうなったけどこうなれた人生』『こうなったからこそこうなれた人生』の3つのタイプがあります。あなたはどの人生を歩みたいですか?」